一隅の経営 135
RISHO NEWS232

利昌工業株式会社 取締役名誉会長

利 倉 晄 一

 
    

【 本気度 】

☆やる気は、かたちで見せる必要があります。お金をかけてでも本気度を見せるのです。

【 自己責任 】

☆可哀そうだから助けてやろうということはありません。助ける価値があると思われれば、助けてくれるかも知れません。
 ただし決して「助けてくれて当たり前」とは思わないことです。「助けてくれない」のが当たり前です。

【 努力 】

☆品質と値段といいますが、品質は良くてあたり前です。
 難しいのは値段、コストです。コストを下げるため、普通の努力は皆がやっているのです。簡単なところは皆がやってます。大きいところも皆がやっているのです。
 ぱっと見ただけでは誰も気づかないような無駄。そういうところを見つけ出して、つぶす努力の継続が大事になります。

【 関心 】

☆無関心であれば、情報は手に入りません。
 関心をもっておれば「気づき」ますから、情報が手に入ります。

【 本業 】

☆いつでも止められるのは本業ではありません。やった以上、止められないのが本業です。

【 今は要らないかもしれないが 】

☆尼崎工場が利昌工業の唯一の工場であった時、私は滋賀県に新しい工場をつくりました。
 あの時、尼崎工場だけでもやっていける。滋賀は要らないといわれたら、たしかに要らなかったかも知れません。
 しかし、後で大きな需要が起こってからでは、手遅れなのです。
 要るようになるちょっと前に、手を打っておく必要があります。


ここまでは、利昌工業(株)取締役名誉会長 利倉晄一が社内の会議等で発言したことを社員が記録したもので、それをもとに編集しました。






【 主力商品激減からの再生 】

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1. ゴム張り積層板の開発
 ―今やグローバル・ニッチ・トップ―

☆家庭電化製品に入るプリント配線板材料の伸長で、利昌工業の売上は1985(昭和60)年には183億円まで伸びます。しかし、テレビやラジオなど家電工場の生産は海外へ移転。国内の工場は空洞化し、その後、売上は激減していきます。
 家電用プリント配線板材料である、紙基材フェノール樹脂銅張り積層板の国内生産は、松下電工(現・パナソニック)、住友ベークライト、日立化成(当時)、三菱ガス化学、それに当社が担っていましたが、1990(平成2)年当時、10万トン(年産)あったものが、その後の10年で1万トンを割るまでに落ち込みます。
 売上の減少をどうカバーするか、当社にとって悩みの種でした。なにしろ、紙基材フェノール樹脂銅張り積層板は、利昌の売上の70パーセントを占めていた主力商品でしたから。それが毎日のようになくなっていくわけです。


 売上減をカバーする代替商品ですが、銅張り積層板に費やした現有の設備をそのまま使えるものがよい。利昌工業は3商品を開発することになりますが、その中の一つ「ゴム張り積層板」の開発について記述します。
 家電用の積層板には、回路形成用の薄い銅箔を積層板の上に重ねて同時プレスで張りつける銅張り積層板のほかに、銅ではなくゴムシートを同時プレスするゴム張り積層板というものがあります。これは、丸く打ち抜いてアルミ電解コンデンサの封口板として使われます。積層板の部分は端子を取り付ける絶縁材料。ゴムシートの部分は電解液の蒸散を防ぐシール(パッキン)の役目を果たします。


 ゴム張り積層板の分野では、我々は出遅れており、松下電工、住友ベークライト、東芝ケミカル(現・京セラ)など、大手の積層板メーカーがすでに製造販売をしておりました。中小のわれわれが後から行っても、到底勝てないと思われましたが、苦境にあった利昌工業としては、それでもやらざるを得ないというのが私の心境でした。
 私自らが叱咤激励して、丸く打ち抜く加工まで利昌工業でやるくらいの決意で取り組みました。また、この時初めて営業・開発・技術・製造が一体となったプロジェクトチーム制を採用して、強力に推進しました。
 紙やゴムシートに微量な塩素系不純物が混入していると、素子と端子をつなぐアルミ線が腐食して断線に至るという事故が、他の積層板メーカーでも時々起こっていました。
 これに対して積層板メーカーは、ゴムの方は専門外と、外注にまかせきりでした。そのためゴムの成分やゴムメーカーの工程の中でも塩素系不純物が混入する可能性がありました。利昌工業は後発でしたが、これらの管理を徹底しました。
 さらに積層板が電解液と接触する面に、塩素系不純物の進入をしゃ断するためのフィルムを配しました。これをゴムシートとともに、プレスで同時に張りつける方法を、業界で初めて開発するなど、先発メーカーにない特徴を打ち出すと、電解コンデンサメーカーからの認知度と採用が増えてきました。


 ゴム張り積層板での利昌工業の進撃が続くと、他の積層板メーカーはそれに対抗するというより、1社、2社とやめるところが出てきました。
 プリント配線板材料の市場に比べると、この電解コンデンサ封口板の市場は小さく、また前述のような塩素系不純物の問題はやっかいで、下手をすると補償問題になるなど、大手の積層板メーカーとしては、もう一つ妙味がないと考えたのかもしれません。
 そして結局、日本では当社が唯一のゴム張り積層板メーカーになりました。それだけではなく、世界的に見てもゴム張り積層板のメーカーはドイツに1社、韓国に1社あるだけで、当社が現在、世界市場占有率1位の、グローバル・ニッチ・トップ商品になっています。
 このゴム張り積層板のチームリーダーとして、技術的にも営業的にも活躍したのが、現在当社の中国法人・無錫化成、無錫電気の総経理をしている取締役の桝田泰弘君です。彼は今、無錫化成でも、ゴム張り積層板の製造販売をしており、急速に拡大している中国市場において、レジェンド的存在になって活躍しています。


2. 捨て板に多額の投資
 ―ドリル加工用「リコライト」のヒット―

 1990(平成2)年からの10年で、日本の家電用プリント配線板材料である紙基材フェノール樹脂銅張り積層板の生産量は10分の1にまで落ち込みました。この対策として考えた代替商品で、現有の設備で生産できるもののひとつが先述の「ゴム張り積層板」でした。
 あとふたつあって、ひとつは「内層回路入り多層銅張り積層板」です。そして、いまひとつは、これから述べるドリル穴あけ加工用治具板「リコライト」です。
 この二つの商品を成功させるために、結局は大きな設備投資を追加することになりました。内層回路入り多層銅張り積層板には25〜30億円、「リコライト」には30億円使いました。


 「リコライト」はプリント配線板にドリルで穴あけ加工をする時に使用する「当て板」です。銅張り積層板を何枚か重ね、ドリル錐で貫通穴をあけるのですが、その際、銅箔の返りや、バリが出ないように、治具として銅張り積層板の上と下に当てる、押さえ板のことをいいます。
 プリント配線が片面のみ(1層)の時は金型で打ち抜くので、ドリル錐による穴あけ作業はありません。回路が1枚の板の表裏2層、あるいは積層板の中にも回路が走る4層とか6層になると、例えば1層目と4層目の回路を電気的に接続するために、プリント配線板に小径のドリル錐で穴をあけます。この穴の壁面をめっき加工することで、1層目と4層目を電気的に接続するわけです。


 プリント回路がだんだん高密度になってくると、錐の直径は1ミリ未満になり、あける穴の数も多くなります。回路の密度がそれほど高くない頃、この当て板は、それこそ使った後は捨ててしまうため「捨て板」と呼ばれ、材質は紙基材のフェノール樹脂積層板ですが、正規のものではなく規格外品が充当されたりしていました。
 しかし、プリント配線板がますます高多層、高密度になって、錐の直径が0.3mmや0.2mmになり、コンピューター制御のドリリングマシンで24時間、無人で穴あけ作業をするようになる傾向を見て、この当て板の品質はばかにならないと私は直感しました。
 上に置くものをエントリーボード、下に敷くものをバックアップボードといいます。エントリーボードはミシン針よりも細い錐が垂直に入るよう、ガイドの役目を果たさねばなりません。錐が突き抜ける時、あるいは引き抜かれる時、穴周辺に銅箔の返りが出ないようにするバックアップボードもそうですが、厚さの偏差、公差の少ない板である必要があります。


 また、当て板の中に硬い不純物が混入して微細な錐が折損すると、自動運転が中断するのですから、たいへんな問題になります。
 私は、これまで大手積層板メーカーが見向きもしなかった、この当て板に着目しました。しかも、これを製造するにあたり、紙基板フェノール樹脂銅張り積層板と全く同じ設備が使えるのです。
 私は、この当て板に「リコライト/RICOLITE」という商品名をつけ、電子材料のつもりで開発するように檄を飛ばしました。いろいろ研究しているうちに、錐の摩擦熱に対する耐熱性、錐の折れ難さや減り難さ、加工粉の排出性、銅箔のバリ抑制、穴壁面の粗度、あるいはドリル穴の位置決め精度などと、奥が深いことが判明しました。
 また小径ドリル錐の耐折損性を上げるため、特に紙の中に混入している微細な硬質成分を少なくする管理をしました。
 リコライトは品質が評価され、スタートは順調でしたが、私の懸念は外国から安い輸入品が入ってこないかということでした。そもそも、この当て板は値段が安いのです。銅張り積層板の3分の1程度の相場です。一般的に、人件費の高いわが国では、価格あるいは付加価値の高いものでないと、人件費の安い外国勢に太刀打ちできないとされます。
 しかし私は、単価の安いものを外国から海を渡って持ってくるとなると、運賃を考えても採算がとりにくいのではないかと考えたのです。
 原料のフェノール樹脂やクラフト紙の入手価格は、競合国と比べても変わりません。人件費は確かに高いかもしれませんが、リコライトのように安い単価の積層板でも、我々の業界は装置産業であるため、売上に対する人件費比率は低いのです。すると後は、それ以外の製造経費を徹底して抑えることによって勝てる、単価の安いものこそ勝てる…と逆転の発想をしました。
 そこで、滋賀県の湖南工場で、更地からリコライトのために徹底した合理化設備を立ち上げました。まず、プリプレグをつくる塗布機のスピードを従来の5倍にしました。プレスは1.2×2メートルという、従来の定尺板が2枚とれる大型プレス(25段、総圧力2500トン)を導入しました。
 新しいリコライトのラインは、フェノール樹脂をつくる反応釡のところから、プリプレグをつくる塗布機、そしてプレス、さらにさまざまなサイズに小切りして出荷できる自動切断装置のラインまで、一気通貫となり、輸入勢が入り込めない価格競争力をつけました。
 現在、リコライトは国内シェア1位の大型商品に育っています。




本稿は、利昌工業株式会社取締役名誉会長 利倉晄一が社内の会議等で、発言したことを社員が記録したもので、社内報に掲載したものを一部転載させて頂きました。