◆350℃で10分間
その後、海外事業の売上を大きく牽引したのは、高耐熱エポキシ樹脂を使ったICカード用のガラスエポキシテープです。
この高耐熱エポキシ樹脂は、私が最初につくった小さな研究所で1975年に開発されました。それまでのエポキシ樹脂の常識をはるかに超える350℃で10分間の耐熱性があるものです。これだけの耐熱性があると、プリント配線板の上に直接、半導体の裸のチップを金のワイヤーで接着(ボンディング)することができます。
高耐熱エポキシ樹脂開発のきっかけは、アメリカの積層板メーカーH社が、300℃で10分間の耐熱性を持つエポキシ樹脂基板を開発したという情報でした。そこで当時の研究スタッフの一人、宇田頴了君が、触媒に酸無水物を使ってH社をしのぐ350℃を開発しました。酸無水物は一般的なアミン系の触媒と違い、ライフが短く扱いにくい触媒ですが、当社はこれを量産ベースでも使いこなすことに成功します。

◆ヒット商品に
この高耐熱エポキシ樹脂の基板は、高価なセラミックス基板に取ってかわることができたので、クォーツ式の腕時計に全面的に採用され、普及に貢献しました。

色を不透明な黒色にしたことから「リショーブラック」あるいは「ブラックG-10」(G-10はANSI規格のグレード)と呼ばれ、時計以外にもデジタルカメラ、電卓に採用されたほか、インテル社が半導体のテストに使うバーンインボードの材料に指定するなど、利昌工業のヒット商品になりました。
◆ブラックG-10のテープ化
ブラックG-10は、定尺寸法が1m角のプリント配線板材料ですが、これを薄くテープ状にするための研究開発が進められ、1978年、世界で初めて成功します。
この頃アメリカのデュポン社が開発した耐熱性に優れたポリイミド樹脂テープを使って、シャープが半導体をオートメーション方式で電卓に組み込むことをスタートしています。
これを見た当社のスタッフが、ブラックG-10を何百メートルもの薄いテープ状にすることに挑戦したわけです。このテープ開発に尽力したスタッフの一人が石丸修君です。
このテープは、ガラス布で補強していますので、ポリイミドフィルムより寸法安定性に優れ、吸水率もポリイミドフィルムより低いという特徴がありました。シャープは、自社のオートメーション方式LSI連続実装用のテープ材料を、ポリイミドフィルムから当社のガラスエポキシテープに切り替えました。

◆仏のICテレフォンカードから世界へ
1984年には、フランスから70mm幅、300mのサンプルオーダーが入りました。これが、当社の海外事業拡大の大きな一歩になります。
フランスからの引き合いというのは、フランスの電話会社PTT(現・オランジュ)が公衆電話のプリペイドカードのIC化を計画し、このICを搭載する基板として当社の高耐熱ガラスエポキシテープに目をつけた…ということでした。

当時日本のテレフォンカードは磁気で情報を記録するタイプで、50度数、100度数などのカードを公衆電話に差し込んで使っていました。
しかし、磁気カードは偽造されやすい。日本でも偽造カードが出回り、高度数のものは発行禁止になった経緯があります。
ところがヨーロッパでは、はじめから偽造されにくいICカードを計画したのです。当社へのサンプル要求はそのためのものでありました。PTTは当社のガラスエポキシテープにICチップを連続実装することに決定し、フィールドテストとして100万枚分程度からスタートしましたが、1990年には、その発行枚数は6000万枚に達しました。公衆電話用のICカードは世界的に普及し、2000年頃になると、世界での発行枚数は10億枚に達します。
◆SIMカードへと展開
その後、携帯電話が普及すると、公衆電話用のICカードの発行枚数は下降線をたどりますが、今度は携帯電話のSIMカード(利用者情報を書き込むICカード)が普及し、このカードにも当社のガラスエポキシテープが採用されたことから、引き続き需要は伸びていきます。
今日では銀行カードなど、高いセキュリティーが要求されるカードにも採用されています。半導体連続実装用テープとして、利昌工業のガラスエポキシテープは70パーセントを超える市場占有率となり、当社のグローバル・ニッチトップ商品になります。

◆供給責任
利昌工業のガラスエポキシテープは、世界的になくてはならない材料になりましたが、当社としては半面、大きな責任と問題も抱えることになります。
一つは、供給責任です。事実上、世界の需要を利昌工業一社で賄っているわけですから、万一のことを考え、テープの生産工場を尼崎工場だけでなく、滋賀工場、湖南工場の3工場に分散して生産可能な状態にしました。また的確に需要の見通しを立て、必要な設備投資を実施していきました。
◆ノウハウの秘匿
いま一つは、生産方法の秘密保持です。本来は1m角で、一定の厚みがあるガラス布基材エポキシ樹脂積層板を、薄くて継ぎ目がないテープ状にする方法は、大量に生産ができるという点で、当社が世界で初めて成功させたものといえます。この生産のノウハウは最高機密として守る必要があります。
当社のテープをICカードに組み込むまでには、回路を形成したりメッキをしたりする加工メーカー(当社の直接の販売先)が間に入りますが、このフランスの加工メーカーからは、フランスに工場をつくることを強く要望されました。また、工程検査と称して工場を見せるように、これも強く、たびたび要求されましたが、全てお断りしてきました。当時、貿易課の課長だった勝見真君は、工場を見せるという返事を持ってきていないなら、このまま帰れ…とフランス本社で門前払いにあったこともあります。
ちなみに勝見君は英語もうまく、テープを中心に売上を大幅に伸ばしてくれた人物です。加工メーカー相手の折衝では、ずいぶん苦労もしたと思います。彼の功績で貿易課は海外部に昇格し、2002年に彼が海外部長に就任します。しかし、海外事業部になる前に、彼は若くして急逝します。彼のことを思うと今でもかわいそうで、痛恨の極みであります。
話を戻します。私がそのフランスの加工メーカーを訪問した時、他社の類似のテープを見せられ「これはドイツ製だが、使えるレベルに来ている」などと牽制されました。そして「ミスター・トクラ、当社の工場をご案内しましょう」と誘われたのです。私は「私は技術者ではありません。経営者ですから、御社のビジネスには関心がありますが、工場には興味がありません」と断りました。私が工場を見てしまったら、今度はお前のところを見せろと言われると困ると思ってのとっさの判断でした。
そんな駆け引きをしながらも、その加工メーカーとは今日まで30年の取引が続いています。われわれにとっては売上の金額から見ても最重要の得意先ですし、先方も当社の材料と高い加工技術で、この分野では世界一のシェアを持つ会社に成長しています。
勝見君の後を継いでくれているのは、現・取締役海外事業部部長の安食厚志君です。彼は、化学技術研究所出身の化学の技術者ですが、台湾駐在の経験もあり、優れたマネージャーとして海外事業を引っ張っています。
現在の海外事業部は、韓国、台湾、シンガポール、中国、ドイツに駐在員事務所を持ち、ガラスエポキシテープ以外の商品の輸出も積極的に展開しております。
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