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2026年1月10日
 

利昌工業株式会社

耐候性
 オフィスサーバーのように、高価で精密な電子機器の多くは、直射日光があたらず、温度や湿度が一定に保たれた専用の部屋に設置され、大切に取り扱われています。
 いっぽう屋外にあることが多い自動車は、直射日光はもとより、風雨や風雪、あるいは季節ごとに変化する温度や湿度に長期間かつ絶え間なくさらされます。今後自動車は自動運転に加え「スマホ化」が進むとされます。これまで以上に、高価で精密な電子機器が多く装備されそうです。キャビンの外に搭載されることも予想されますので車載機器に使用されるプリント配線板材料には壁や屋根などの外装建材のように「耐候性」が求められるようになってきました。最近は「二季」といわれるくらいに酷暑が長く続きますので、これに対応する必要も出てきそうです。

高電圧と高温
 エンジンで走るタイプの自動車バッテリーの多くは直流12ボルト。これで多くの電装品を稼働させます。イグニッションコイルなど、より高い電圧が必要なものには別途、専用に設計された機械的な電力変換装置が装備されています。
 いっぽう電気自動車のバッテリーは直流300から400ボルト程度。これを交流に変換してモーターを駆動するのですが、この電力変換は極めて電子的。プリント配線板上にある電力変換用の半導体を介して行われます。この半導体は稼働時に高い熱を発し、内部温度は175℃程度にもなります。
 電気自動車の電力変換装置に使用されるプリント配線板材料には、かつては想定していなかったような高い電圧と高い熱にさらされても、劣化を起こしにくいという特性が求められるようになってきました。

イオンマイグレーション / Ion migration
 プリント配線板が短絡不良を引き起こす原因は実にさまざまですが、高温・高湿な環境にある基板に起こりがちな不良のひとつに「イオンマイグレーション」があります。
 イオンマイグレーションとは、結露などで生じた水分に陽極からイオン化した金属が溶け出し、これが陰極に達することで金属が還元・析出する現象です。これが起きると予期せぬ箇所に導電経路が形成されることで短絡に至ります。
 いわゆる電蝕のようにイオンの移動により引きおこされる不具合は、他の業界でも起こります。そこでプリント配線板の業界ではこれを「エレクトロケミカルマイグレーション/ Electro chemical migration」と呼ぶことがあります。
 車載用プリント配線板のように、高い温度や高い湿度、あるいは高い電圧にさらされると、分子の活動もより活発になりますので、イオンマイグレーションの発生もより促進されます。プリント配線板の高温高湿信頼性を評価する際は、一般的に2種類のイオンマイグレーション試験を実施します。

◆表層マイグレーション
 ひとつ目は表層マイグレーションへの耐性評価です。表層マイグレーションはプリント配線板の表面にある回路をまたいで金属イオンが移動・析出するものです。絶縁層を構成する物質によっては、デンドライト(Dendrite)と呼ばれる樹状の導電経路の形成が促進されるケースがあります。
 この試験の場合は、基板の同一面にある回路のいくつかの箇所に電極をセット。電極間の絶縁抵抗をモニタリングします。デンドライトが形成されるなどして短絡が生じると、電極間の絶縁抵抗値が急激に低下しますので、これを検知します。

◆導電性陽極フィラメント(CAF)
 ふたつ目は導電性陽極フィラメント(CAF = Conductive Anodic Filament)への耐性評価です。プリント配線板材の絶縁層は、エポキシ樹脂をガラス繊維で強化したタイプのFRP。CAFはこの絶縁層内部のガラス繊維の間隙を縫って金属イオンが還元・析出する現象です。プリント配線板の縦方向の電気的接続は、基板に貫通穴(スルーホール)を穿ち、その壁面に施した銅めっきを介して行われます。このスルーホール壁面から溶け出した金属イオンが、ガラス繊維の間隙を縫って他のスルーホールに到達することで基板の内部に予期せぬ短絡経路ができるわけです。
 この試験の場合はスルーホール間の絶縁抵抗値をモニタリングします。スルーホール間がCAFを介して短絡すると絶縁抵抗値が急激に低下します。

3000ボルト対応にアップグレード
 これを受けてこのたび利昌工業では、プリント配線板材料のイオンマイグレーション耐性を評価するための試験システム(表題横に写真)をDC 3000ボルトの高電圧に対応できるものにアップグレードいたしました。システムとしたのは「高電圧絶縁信頼性試験装置」(写真左)と「恒温恒湿槽」を連携させて試験するからです。
 これら機器の特長は次の通りです。

◆高電圧絶縁信頼性試験装置(表題横写真の左)

高電圧仕様
 最大直流3000ボルトまで印加できます。
 既設の試験装置は最大直流1000ボルトでした。今後、電気自動車のモーターは800ボルトで稼働するようになりますので、これを見据えたアップグレードです。

多チャンネル制御
 最大50か所に電極をつなぎ、同時に試験することが可能です。しかも電極ごとに加える電圧を設定できるため、ある条件に設定したサンプルが短絡しても、他の条件のサンプルは継続して測定することが可能です。

1千万分の1秒以下を検知
 試験中はリアルタイムで電極間の絶縁抵抗値と、高圧電路の周りに生じる漏れ電流値をモニタリングすることが可能です。
 イオンマイグレーションによる導電経路は、金属の原子レベルの厚さの「薄皮」を何枚も重ねるようにして伸長します。このため最後の薄皮の一端が辛うじて電極に触れた瞬間は導通します。しかし次の瞬間にそれが破れれば、また相当な期間、絶縁抵抗値がもとに戻ります。この一瞬を見逃すと正確な評価ができませんので、100ナノ秒(1千万分の1秒)以下の一瞬の通電を検知・記録することができます。

◆恒温恒湿槽(表題横写真の右側) 
 プリント配線板材料が、その生涯のうちに遭遇する気温や湿度の変化などを、短期間に圧縮して出現させる装置です。
 

温度
 ●炉内をマイナス40℃からプラス100℃までの雰囲気に設定することができます。
 ●時間経過による炉内温度の変化は±0.3℃以内。
 ●炉内の空間における温度のバラツキは2.5℃以内。
 ●設定温度と実際に炉内で生じる温度の差は1.5℃以内。
 

湿度
 ●炉内を20%RHから98%RHまでの雰囲気に設定することができます。
 ●時間経過による炉内湿度の変化は±2.0%RH以内。
 ●炉内の空間における湿度のバラツキは8.0%RH以内。
 ●設定温度と実際に炉内で生じる湿度の差は4.0%RH以内。

◆測定値の一例
 図1と図2は、試料を次のような条件におきつつ電極間の絶縁抵抗値を測定・グラフ化したものです。
 ●炉内の雰囲気   85℃ / 85%RH(相対湿度)
 ●印加電圧   直流1000ボルト
 図1の試料は780時間経過時点でイオンマイグレーションによる導電経路が形成され、電極間が導通。絶縁抵抗値が急激に低下しました。
 いっぽう図2の試料は1000時間を経過しても絶縁抵抗値に変化が見られませんので、より耐マイグレーション性に優れる材料が開発できたと判断することができます。

◆カタログ表記
 これまでご案内してきたプリント配線板材料のイオンマイグレーションへの耐性(高温高湿信頼性)は、カタログなどでは、下記の1文のごとく非常にシンプルに表記されます。
 ●DC1kV 85℃/85%RH 1000h<
 試験の主な条件である、温度 / Temperature、湿度 / Humidity、そして通常より高い電圧を「付勢する=Bias」バイアス印加 / Bias applyingの頭文字をとり、THBと表記されることもあります。

85℃/85%RHの過酷さ
 THB試験で多く採用される85℃/85%RH(相対湿度)の雰囲気は、次のように過酷な環境です。ほぼすべての人が快適だと感じる20℃/60%RHの空気1㎥あたりには約10gの水分。いっぽう85℃/85%RHのそれには実に約300g。あちこち結露が発生しそうですが、結露が生じた基板に直流1000ボルトもの電圧をかけるのは非常に危険です。85℃の空気1㎥あたりには約350gの水分を含むことができ、飽和点の一歩手前に設定しているわけです。もしこの水分量のままで10℃低下すると1㎥あたり60g程度もの結露が生じます。
 ちなみにほぼすべての人が不快とする32℃/85%RHの雰囲気を10℃下げても、結露する水分は1㎥あたり10g程度です。室温100℃のサウナに入っても火傷しないのは、空気の熱伝導率が低いのと、湿度が10%程度に抑えられているから。この場合1㎥あたりの水分量は60g程度。温度によりますが空気の熱伝導率は0.03W/(m・K)程度。水のそれは0.7W/(m・K)程度と実に20倍以上。もしサウナ室の5倍となる1㎥あたり300gもの水分を含む85℃/85%RHの恒温恒湿槽に人が入ったら、熱伝導率が高い水分を介して、室温85℃のうちの多くの熱が肌に伝わり大変なことになると思われます。

まとめ
 THBは、ことほどさように過酷な評価試験です。今後ますます、精密な電子機器が厳しい環境で稼働することが多くなると予想されますので、これに耐え得るような耐候性の高い材料開発に取り組んでまいりたいと存じます。